待ち人きたる

私には今の生活を見てもらいたい人達がいます。

 

家具屋になると決めた日から誰でも家具屋を名乗れます。

でも実際は作業場や販売する場所、取引先やお客さんがいないと

生活は出来ません。

 

私も家具屋になろうと決意しましたが何もない状態でした。

作業場探しを以前住んでいた下総中山で悪戦苦闘していた頃の話です。

 

資金もあまりない状態で始めようとした家具屋。

毎日のように空き家や使われていない納屋などを探す日々でした。

当時、私は下総中山という場所に住んでいました。

この町は法華経寺を中心に複数のお寺に囲まれた寺町で

住んでいた家は私と同じ年の古い家でしたが見方を返れば

『味』のある素敵な家でした。

不動産屋に連れていってもらい同じ敷地に住む『大家さんと家』を

紹介してもらいました。

 

私は『家』はもちろんですが『大家さん』がとても好きになってしまい

この大家さんの『家』で生活がしたいと感じ契約させてもらいました。

 

この家に住んで4年が過ぎた頃に家具屋で独立しようと考え

作業場所探しを続け見つからずに貯金がじわりじわりと減って行く日々。

朝から家を出たり入ったりしていたので心配をかけたくなかった私は

だいたいの事情を大家さんに相談することにしました。

『頑張って下さい』と言う大家さんからエールをいただき

更にがんばるも作業場所は見つからない日々。

 

庭で出来た柿やトウモロコシなどをいつも笑顔で

お裾分けしていただき、私を気にかけてくれました。

 

日々もんもんとしている私を心配してくれて

『庭の竹垣が壊れて来たので修復をお願いします』と

仕事を依頼してくれたのも大家さんでした。

 

色々な人の力を貸していただきシェアアトリエのkanaya baseに入居が決まり

金谷に引っ越してきた後も下総の大家さんに今の自分をいつか見てもらいたいと

思ってました。

 

金谷に来て1年半が経過したある日。

 

ショールームの外から大きく手を振る人達が。

誰だろう?と作業場から出てみるとそこには懐かしい顔が。

 

下総中山の大家さんでした。

 

大家さんは私を見てとても喜んでくれました。

色々懐かしい話をして『あの時、不安は無かったの?』と聞かれ

作業場探しでいっぱいいっぱいだったのであまり考えずにいたけど

思い返すとよく独立出来たなと思います。

それは大家さんを始め私の周りの人達が支えてくれたおかげだと

今は感じる事が出来ます。